先日遊戯王ZEXALの最終話を見ました。ゼアルの最終話はgxやゴッズのそれより情報量が多くて頭が爆発しそうなので消化には時間がかかりそう……なのですが、個人的な感想をここに書き留めておきます。ネタバレ?あるよ!!
まずゼアルは視聴を始める前に「中学生でジュブナイルとは……?」という疑問点が頭にありました。私はgxの4期やゴッズの最終盤が大好きなのですが、ゼアルの主人公はまだ中学一年生。なので前作、前々作のような進路の話なんて絶対に出来ません。しかし私はシリーズ構成の吉田伸といえばジュブナイルという雑な認識があったので、ゼアルでもどうにかジュブナイルをやってくれるんだろうなぁとなんとなく思っていました。しかし、具体的に中学生のジュブナイルとはなんなのか。
それは多分……「友人関係」なんだと思います。新しく友達を作ったり一緒に過ごし、時には喧嘩することあるけど最後は仲直りする。遊馬たちは将来を真剣に悩むにはまだ早く、自立する必要もない年頃です。だからこう……なんていうか……ゼアルは「遊馬がデュエルで友達を増やす物語」なのだ!と2話まで見た時点では雑に認識してました。雑過ぎる。
が、この読みは結果的に多分そんなに外れてなかったと思います。アストラルと出会った遊馬はデュエルを通じてシャーク、カイト、IIIなど、様々な人達と友達になっていく………。それは後半に登場するバリアンたちも例外ではありませんでした。だからこそ終盤の遊馬はシャーク(ナッシュ)とアストラルという、自分の友達とデュエルする展開だったのかもしれませんね(ちなみに、遊馬がデュエルで初めて作った友達は鉄男だと思っています)。
私はそんなゼアルの物語を、途中からローティーンのジュブナイルと呼んでいました。gxやゴッズ(ハイティーンのジュブナイル)とは違い、ゼアルは主人公がローティーン(要は子供)だからこそああいう世界観、展開、及び結末になったのかもしれません。冒頭の扉さんは「力を得る代わりに大切なものを失う」と仰っていましたが、仮に失っても、また取り戻せば良いのです。何度でもやり直せる。それがアストラル戦の大事なテーマであり、またゼアルという物語の〆だと私は解釈しました(そもそもデュエル中に扉さんぶっ壊してるし……)(小鳥の台詞も何気に重要?)。あとアストラルはヌメロンコードで世界を好きに書き換えたのに、最後の最後で新しい戦いが発生するオチも好きです。たとえデュエル中にいくら都合の良いカードをひいても、そしていくら都合の良いカードを創造しても(シャイニングドロー!!)プレイヤーは必ず勝てるわけではないし、予想もしない展開が起こる可能性だってあるのですから。
とにかくgxにもゴッズにもない、新しい遊戯王アニメの味、新しい吉田伸が見れたのがとても嬉しかったです。あとめちゃくちゃ個人的な話ですが、後期のゴッズで一番好きだった脚本家、福嶋氏が序盤から大活躍されていたのでそこも泣くほど嬉しかったです(まあ1期の途中でいなくなっちゃうんだけどね)。
余談:作中における遊馬のエースはホープで間違いないのですが、私はずっと「十代にとってのフレイム・ウィングマン」や「遊星にとってのジャンク・ウォーリアー」が遊馬にはいないのが不思議でした。彼らは運命や宿命とは関係のない、個人としてのフェイバリットカード。それが遊馬にはない。けどその疑問は最終回で氷解しました。おそらく遊馬のフェイバリットカードは未来皇ホープ。最終回で初登場を遂げた未来皇は遊馬の無限の可能性の象徴である彼がフレイムウィングマンでありジャンクウォーリアーにあたるんだろうなと思います。